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2020 / 03 / 11
私とステラ・アドラー演劇、そしてリンクレイターヴォイス その5
あれから9年…..今日は3月11日。
桜が綻び始めました。今年は静かに霞を見上げるようなお花見になるのでしょうか。
公園の猫たちは、日向をみつけてはゴロゴロして穏やかです。
エレーナ・マックニー。あとで分かりましたが二人とも獅子座。現在はNYに住んでいて、相変わらずの鉄火肌。彼女の蛮勇により今の私が有ると言っても過言ではありません。
エレーナのヴォイスのクラスは最初に「チェックイン」から始まります。円座になり、一人一人今の自分の身体と心と声がどういう状態かを言語化し、終わったら隣の人にタッチして、ぐるっと一周します。あれは、何回目かのクラスの時でした。いつもの通り、私の順番が来ました。「えっと、今の私の身体はちょっと肩が凝っています。……心は、今朝は子供が起きる前に起きて、家族を起こさないようにガレージに行って、車の中で課題のテキストを大きな声で練習して暗記することが出来たので、心はとてもハッピーです!」私はクラスに参加している喜びでウキウキして語り始めました。いきなりエレーナがこう言います。
“Noriko, take off your smile” 倫子、笑うのを止めなさい。
えっ?と、戸惑う私に、エレーナは目の奥からしっかりと私を囚えながらもう一度ゆっくりといいました。
「その笑い顔を剥がして、もう一度今の言葉を最初から言いなさい。」
何がいけなかったのだろうと思いながら、言われた通り笑うのを止めて始めから同じことを言いました。「今の私の身体はちょっと肩が凝っています。……心は、今朝は子供が起きる前に起きて、家族を起こさないようにガレージに行って、車の中で課題のテキストを大きな声で練習して暗記することが出来たので、心はとてもハッピーです。」
エレーナは静かに言いました。「あなたはハッピーなの?」
恐ろしいことに、そのとたん私の両眼から涙が吹き出し、ありえない学びの場で私は泣いていました。子供がしゃくりあげるように、「NO」と言いながら。
リンクレイターヴォイスでは、声を3つの視点から扱って行きます。「像を結ぶことによるアプローチ」「創造的なアプローチ」「解剖学的なアプローチ」このなかの「解剖学」は、骸骨模型を使って言語の成り立ちの過程で障害になるものを気づいていきます。それには、親からのしつけ、家庭環境、教育、育った文化、言語など、様々なものがかつて赤ちゃんだったころは自由だった声を不自由にしています。例えば私は宝塚時代は稽古場ではいつでも輝くような笑顔でいることを良しとしていましたし、結婚生活に関しても家庭内の不和を学びの場に持ち込むなど言語道断、いつもニコニコ幸せなジャパニーズで居たかった。私が何も知らずに飛び込んだこのクラスは、このように意識的ではなく、無意識下で囚われていることを本人に気づかせ、それをやめさせていくものだったのです。
クラスが終わった後で、エレーナは私に言いました。「Let’s have some tea 」お茶しましょう。
ヴェニスという街の今でも名前を覚えていますが、ローズカフェで私達は待ち合わせしました。それまでほとんどの人に語ってなかったボロボロに崩れかけている自分の家庭生活をたどたどしい英語で話すのをエレーナはうんうんと最後まで聞き、こう言いました。” How can I help you?” なにか私に出来ることはない?そしてあろうことかこう言うのです。I think you can be a teacher.” あなた、教えられると思うわ。
そして今ティムとムーブメントの先生のポールと3人で、お金の無い生徒のために土曜日にワークショップが出来るように学校に交渉している、私のアシスタントとしてヴォイスを担当しなさい。彼女はそんな提案をするのです。ハリウッドの演劇学校の”Voice and Speech”を英語もままならぬ異国から来た私に教えられると、目の前のエレーナは言い切るのです。
そんなこと出来るわけない…..その言葉をかき消すように私の心がすでに言っていました。「やってみたい!エレーナ、私はやってみたいです!」
そして、私はとにかくリンクレイターヴォイスの20分ウォーミングアップをお経のように丸暗記したのでした。夜、こっそり音読する私の声はハッピーでは無かったけど、耳から入ってくるその声にはまるで暗闇を照らすろうそくの光のような希望の兆しがありました。
その6に続きます。